安定より、むしろ成長 ── 思い込みを外せば、リスクの姿が変わる
SONODANOMICS(ソノダノミクス)第11回

年の初め、AIが牽引する第四次産業革命の号砲が鳴り、世界はその便利さに目を見張りました。しかし、それもつかの間。サイバー攻撃と情報漏洩が、世界中で相次いでいます。さらに世界を覆っているのが、「不確実性」という言葉です。トランプ米政権の関税政策などを背景に、世界の不確実性を測る「世界不確実性指数」は2025年7~9月期、1990年以降で最高を記録し、9.11テロやコロナ禍の時期をも上回りました。AIがもたらした光と、その足元に広がる影。そして、先の読めない世界。私たちは何を信じ、何に備えて生きればよいのでしょうか。
「先行きが見えてから」「落ち着いてから」。そう考えて、決断を先送りしていませんか。その「安定」は、本当に訪れるでしょうか。
10月初旬、米カリフォルニア州で開かれたMDRT TOT会議で、米国人の友人に米国経済の様子を尋ねました。返ってきたのは「Not stable, but growing.」。安定より、むしろ成長。実際、米国の7~9月期実質GDPは年率3.4%増。ニューヨーク・タイムズ紙は、企業がAIに資金を注ぎ込み、消費者は物価高に不満を抱えながらも支出を続けた結果だと伝えました。ピュー・リサーチ・センターの調査では、登録有権者の84%が、投票で「経済」を非常に重視していました。不満と不安を抱えたまま、それでも経済は成長しているのです。
安定を待っていては、成長に参加できません。成長に参加するなら、リスクは避けて通れない。だとすれば、「どうすればリスクを避けられるか」と問い続けても、答えは出ません。問うべきは、「どうすればリスクを受け入れながら、前へ進めるか」です。そのための発想の転換を、4つの問いにしてみます。気づいていないリスクはないか。安全だと信じている前提を疑えるか。最悪の事態を想定しているか。そして、リスクを機会として見直せないか。まず世界を、最後にお金を見ていきます。
問い1 気づいていないリスクはないか
セキュリティ企業サーフシャークによると、2026年1~6月に世界で流出したアカウントは3億1,340万件。米国では上半期だけで情報漏洩の被害通知が4億7,120万件に達し、2025年1年間の2億9,750万件をすでに上回りました。MM総研によると、国内で1~9月に公表されたサイバー攻撃による情報漏洩は454件と前年同期比49%増。うち36%には、委託先やクラウドなど「自社の外」が関わっていました。10月中旬には、すでに2025年の年間件数を上回りました。10月28日には、ソニー生命保険が約38.5万件の個人情報の漏洩を発表しました。英フィナンシャル・タイムズ紙は、20社を超える大企業が被害を公表した日本の状況を「サイバー空間の緊急事態」と報じています。被害はタイムズカー、ローソン、JR東日本などに及びます。
海外では、暗号資産大手バイナンスから約63億ドル(約1兆円)が盗まれ、FBIは10月31日、北朝鮮の関与を発表しました。IBMの調査では、情報漏洩1件あたりの世界平均コストは499万ドルと過去最高、米国では1,150万ドルに達します。犯人の多くにとって、私たちの情報は「お金に換えられる商品」です。これが盲点です。
盲点はもう一つ。成長の中身です。IMFは10月、2026年の世界成長率見通しを3.1%としましたが、恩恵は国や産業によって偏っていると警告しました。
問い2 安全だと信じている前提を疑えるか
一つ目の思い込みは、「国が守ってくれる」です。ガソリン補助には、1日100億円を超える税金が使われてきました。政府は12月から、170円程度に抑えてきた基準価格を毎月5円ずつ引き上げます。10月16日には、75歳以上の医療保険料や窓口負担の判定に、2029年8月から株式配当などの金融所得を反映させることも決まりました。国が背負ってきたリスクは、個人へ戻り始めています。
二つ目は、「顔が見えれば本人だ」です。2024年初め、英エンジニアリング大手アラップの香港拠点では、CFOや同僚の全員がAIの偽物だったビデオ会議に社員がだまされ、15回にわたり約2,500万ドルを送金しました。漏れた情報とAIが組み合わされば、声も顔も本人確認になりません。
三つ目は、「金利は低いままだ」です。米FRBは9月に利上げし、10月も据え置きました。
問い3 最悪の事態を想定しているか
AIはバブルなのか。米ヘッジファンド大手シタデルの創業者ケン・グリフィン氏は10月20日、投資家は「ほぼ確実に」AIバブルの中にいると語る一方で、AIの将来性への信頼は崩していません。10月26日には、AI「Claude」を開発する米アンソロピックが、6月のスペースXを上回る、史上最大級とされる上場を申請しました。
もしバブルが崩れたら。英エコノミスト誌は、AIブームを19世紀の鉄道ブームやドットコム・バブルと重ねて論じています。いずれも株価は暴落しましたが、線路や光ファイバー網は残り、その後の成長を支えました。1974年、日本はオイルショックで戦後初のマイナス成長に沈みましたが、企業は省エネ技術を競争力に変えました。1998年、アジア通貨危機でインドネシアの実質GDPは13.1%減りましたが、金融監督の見直しを経て成長軌道に戻りました。2009年、先進国は約3.4%のマイナス成長に落ち込みましたが、金融の仕組みは改められました。2020年のコロナ禍では世界のGDPが約3%縮みましたが、官民の協力でワクチン開発とデジタル化が進みました。リスクは、次世代への起爆剤でもあったのです。ただし、経済全体が立ち直っても、元に戻れない企業や家計はあります。
10月は、ブラジルで現職ルラ氏が約52%対48%の僅差で再選し、イスラエルではネタニヤフ首相の与党陣営が過半数を割りました。11月3日には、トランプ政権への審判とされる米中間選挙が行われました。選挙結果で、政策も為替も原油も動きます。だから問うべきは、「どちらが勝つか」ではなく、「どちらに転んでも続けられるか」なのです。
問い4 リスクを機会として見直せないか
IBMによれば、AIを使った攻撃は1年で56%増え、侵入に気づいて封じ込めるまで平均247日かかっています。攻撃に使われるAIは、守りの武器にもなります。守りにAIを本格的に使う組織は被害額を193万ドル減らし、対応を65日早めていました。1988年のモーリス・ワームで止まったコンピューターは約6,000台。いまネットを使う人は約60億人です。私たちは立ち止まらず、リスクを受け入れながら前へ進んだのです。
国は土台を整え、企業は委託先まで含めて守りを固め、個人は学び備える。10月1日には能動的サイバー防御法の一部が施行され、金融庁は本人確認をICチップ方式へ移すよう銀行に求めました。個人なら、急な送金依頼は一度切り、自分から公式の番号にかけ直す。教育も、格差が生む犯罪への息の長い対策です。
4つの問いを、お金に置き換える
お客様から、よくこう尋ねられます。「現金で置いておくのが、一番安全ではないですか」。私はいつも、こう問い返します。「その安全は、10年後の物価でも安全でしょうか」。
日銀が目標とする年2%の物価上昇が10年続けば、1,000万円の現金で買えるものは約820万円分に減ります。インフレは、音もなく資産を削っていきます。何もしないことも、一つのリスクを選んでいるのです。4つの問いは、そのままお金の備えです。
気づいていないリスクはないか。資産が一つの国や通貨に集中していないか、まず点検を。資産を持つ人ほど、その情報は高く売れる。証券口座の多要素認証も、立派な資産防衛です。
安全だと信じている前提を疑えるか。国の支えは細っていきます。先に触れた医療負担の見直しでも、NISAの所得は対象外です。同じ配当でも、受け取る口座しだいで、将来の医療負担が変わりうるのです。どこに置き、どの順で取り崩すか。「出口」まで自分で設計する時代です。
最悪の事態を想定しているか。2020年、コロナ禍で米国株(S&P500)は約1か月で34%下落しましたが、8月には最高値を回復しました。売った人は損失を確定させ、持ち続けた人は回復を手にしました。暴落で本当に怖いのは、下落そのものではなく、生活のために安値で売らざるを得なくなることです。当面の生活資金を分けておけば、崩れても続けられます。
リスクを機会として見直せないか。毎月1万円を積み立てていれば、価格が半分になったとき、同じ1万円で2倍の量を買えます。下落は、続ける人にとって好機でもあるのです。経営者であれば事業と個人資産を、医師であれば診療の継続と将来の生活を、ご家族であれば次世代への承継を、この4つの問いで見直す。どの銘柄を選ぶかという「選ぶ力」以上に、計画を守り続ける「続ける力」が、資産の行方を左右します。
冒頭の問いに戻ります。私たちは何を信じ、何に備えて生きればよいのか。信じるべきは、危機を越えて積み重ねられてきた成長の力です。備えるべきは、リスクを受け入れたうえで、味方につけるための自分自身の設計です。リスクのない成長は、どこにもありません。安定は、待つものではなく、備えてつくるもの。備えを整えながら、成長に参加する。その姿勢をお客様と共有し、10年、20年、そして次の世代へと資産をつないでいきたいと思います。



