top of page

terra°ce lab

「代理消費」という仮説

  • 執筆者の写真: 小越 建典
    小越 建典
  • 8 時間前
  • 読了時間: 3分

私たちは日々、呼吸するように、さまざまなモノやサービスを消費しています。そのなかに、注目されていないけれど、とても重要なお金の使い方があるのではないか?と直感しました。以下、仮説を立ててみたので、みなさんも考えてみていただければ幸いです。



代わりに消費させてもらっている?


96歳で亡くなった祖母に、甘いものを買っていくのが楽しみでした。私自身は、ケーキやチョコレートでカロリーを取るくらいなら、ビールで摂取したいので、まったく食べません。


でも、街中で美味しそうなスイーツを見つけると、自然と足が止まりました。

「喜んでくれたらうれしい」のはもちろんですが、もうひとつ理由があったと、今になって思っています。                    


「祖母の代わりにお金を使わせてもらっている」感覚です。祖母が生きていた頃は、自分が食べないスイーツが、やけに美味しそうに見えていました。思わず買ってしまう体験自体が、楽しいんです。


祖母が亡くなってしばらくたつと、お菓子やさんの前で、テンションが上がらない自分に気が付きました。楽しみがひとつ減ったことで、祖母の不在を感じ、少し寂しい気持ちになります。



「代理消費」する人の心理


ここで私は、ひとつの仮説を立ててみました。それが、「代理消費」の存在です。

まず、人は消費自体に喜びを感じるのではないかと考えました。どう考えても不要な商品でも、通販番組を見ていると買いたくなったりします。実際、使わずにホコリをかぶった健康器具や便利グッズを、部屋に積んでいる人もいるのではないでしょうか。


続いて、人は他人の体験に共感することができます。おいしいものを、おいしそうに食べている人を見るだけで、味を想像して幸せになること、ありますよね。私には、家族や友人が食べている高カロリーな食事を見て、「味覚移入」してビールを飲むという特技があります。

それは特殊かもしれませんが、小説やドラマを通して、喜びや痛みを疑似体験するのは、私だけではないでしょう。


最後に「誰かのためにお金を使う喜び」についても、考えてみたいと思います。米国で行われた調査では、自分のためにお金を使った人よりも、他人のためにお金を使った人の方が、平均的に幸福度が高まったことが確認されたそうです。


何か贈り物をするときに、相手の喜ぶ顔を想像すると、幸せな気持ちになります。でも、消費自体の喜びと、人間の共感力を考えれば、それだけではない。「他人のために使うお金」には、「自分ができない消費を代わりにさせてもらう」意味も、きっとあるはずです。



「代理消費」の効能


「代理消費」は、「自分ができないことをしてもらう」点で、消費する人の体験を拡張してくれます。私の例では、自分が食べないものを、祖母に食べてもらっていました。

同時に、代理される側の体験も、広げる効果があります。祖母は自分では選ばないスイーツを、食べることができました。


こう考えてみると、「代理消費」は目立ちませんが、世の中を幸せにする重要な機能なのだと感じます。うまく活用したビジネス、マーケティング等の事例は、現状で見つけられませんでした。「代理消費」をユーザー体験に組み込むようなサービスが登場すれば(あるいはみなさんが創造すれば!)、話題になるのではないかと期待しています。


私はといえば、今は8歳になる娘の「代理消費」を楽しんでいます。彼女がハマっているシール帳を充実させるべく、街中で見つけたシールに「かわいい♥」「見たことない★」と一喜一憂しています。



てらすラボでは、GUTS×社長、GUTS×看護師など、お仕事の感動話を掲載しています。

 もしまわりで感動話を知っている方、推薦をお願いします。

お問い合わせはこちらへ。


bottom of page