最強のリーダー誕生にみる最弱の価値
- 小越 建典

- 33 分前
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2026年2月8日、衆議院総選挙。自民党が結党以来最大の議席を獲得するという、ワンサイドゲームで終了しました。
「高市か?高市以外か?」と突きつけ、大勝した総理は「強いリーダー」として、政策を推し進めていくのでしょう。
この変化の激しい時代には、即断即決で課題を解決してほしい。でも、リーダーの独断専行でモノゴトが進むことに不安もある。
世の中の空気感は、そんなところでしょうか。
いずれにしても、高市総理のリーダーとしての決断、行動が、社会を大きく左右します。だからこそ、問いを立ててみたくなりました。
「リーダーって、強くなきゃだめなんだっけ?」
誰よりもみすぼらしいリーダー
身近なビジネスの世界を見渡せば、実に多様なタイプのリーダーが活躍しています。トップダウンで明確な方向性を示す牽引型、メンバーの意見を丁寧に聞く傾聴型、利害を調整しながら合意を形成する調整型。どれが優れているとは一概に言えず、状況にもよるのでしょうが、やはり力強く安定したリーダーを皆が求めているのでしょう。
しかし、ここで紹介するリーダー像は、そのどれとも違う弱々しいリーダーです。
マレーシア領ボルネオ島の熱帯雨林で、狩猟採集の生活を営むプナンという人々がいます。彼らの社会には、貧富の差も身分の別もありません。食糧もモノもすべて均等に分け合う、徹底した平等主義が貫かれています。
私たちが当たり前に受け入れている格差は、農耕が始まって以降にうまれたもの。これは、歴史の教科書にも書いてあることで、富の偏在や権力の強弱は、人間の本能でも宿命でもありません。
それでも、人が集まって暮らす以上は、リーダーは必要です。プナンをはじめ、多くの狩猟採集社会には「ビッグマン」と呼ばれるリーダーが存在します。
ビッグマンになるには、血統も、家柄も、能力すらも必要ありません。選挙で選ばれるわけでもありません。
誰よりも、平等主義を実践する人がビッグマンになるのです。プナンでは、持っているモノ、お金、情報を、誰よりも気前よく他人に分けてしまう人が、尊敬され、ビッグマンになります。
だから、ビッグマンは集団の中で誰よりもみすぼらしい格好をした、とてもかっこいいリーダーです。それでも、いやだからこそ、揉め事の仲裁や狩猟の判断において、その言葉はとても重んじられ、人々を導きます。
ただし、その立場はとても脆弱です。もし、ビッグマンが調子に乗って、少しでも尊大な態度をとったり、蓄財を始めたりすると、人々は何も言わず去っていきます。特に不満も告げるでも、反対勢力を募るでもなく、ただその場からいなくなり、別のビッグマンのもとで暮らし始めるのです。
本当の自由と民主とは?
プナンの人たちが、そのように過度な支配を敏感に回避し、気ままに過ごせるのは、人口密度の極めて低い広大な森の中で、点々と獲物を狙いながら、遊動的な狩猟採集生活を営んでいるからです。
もちろん、私たちはリーダーが気に食わないからといって、簡単に会社を辞めたり国籍を変えたりはできません。そのために利害の対立があり、血なまぐさい権力闘争があり、時に強力なリーダーを必要とします。
けれど、それは当たり前のことでしょうか?
考えてみれば、法律のように誰かが決めたルールに、多数決で従わねばならないというのは、いかにも不自由です。プナンのように支配からの逃げ道が存在する状態は、とても大切なことのように思います。というか、それこそが本当の「自由と民主」ではないでしょうか。
目先の課題として、強いリーダーの存在はとても重要。でも、プナンのように、強いリーダーを必要としない社会をつくることのほうが、より重要な21世紀のテーマではないか? 今回の選挙結果と、色々な人の反応を見てそんなふうに感じました。日々のビジネスをとおして、新しい未来を模索したいと改めて感じた、大雪の選挙でした。
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