極私的OZZY論
- 藤田 陽司
- 7月24日
- 読了時間: 3分
2025年7月23日。朝からこの動画を見て大号泣です。
オジー・オズボーンが亡くなった。
これは亡くなる2週間前、7月5日に「Back to the Begginings」と題して行なったとてつもない大規模の“さよならコンサート”の様子。
このフェスを大成功させた余韻に浸っていた矢先。
エンターテインメントの神様によって天に召されたとしか思えないこの最期。
この「Back to the Begginings」では、オジーがデビューしたバンド「Black Sabbath」最初期のメンバーでラストライブを行うというのが目玉だったのですが、オジーを慕って後輩のレジェンドたちが俺も俺もと集まり、揃いも揃った超豪華フェスとなりました。私はこの日、ほぼリアタイでYouTubeで好きなバンドを拾い視して大満足。(個人的にはジェイク E. リーが素晴らしかった)
しかしこのフェス、ネットで物議を醸したのが冒頭の動画、オジーがソロで登場した際に歌った「Mama,I’m Coming Home」、です。 「全然歌えてないのに、醜態を晒すようなことをして、プロとしてどうなんだ」という意見が。
この考え方、理屈としてはわかるのですが、それでは生身のエンターテインメントの面白さをそぎ落とすようなことになり、もったいない。 運と才能に恵まれ、プロとして、エンターテイナーとして選ばれた人間が人生かけて自分を晒すのは素晴らしく美しいことだ。
醜態だろうが何だろうが、彼が思う最高のステージを人生かけて見せてくれれば最高にかっこいいことだと思います。
才能ある人がスマートでクールに生きるストーリーを観せられても全くつまらんが、本来クールでもキャーキャー言われてもいい立場の人があえて人生晒して、もがいて、もがいて、舞台の上でももがいて、自分の人生を見せつける。
これこそがエンターテインメントであり、まさにこれから日本が、世界が突入する人生100年時代にどう生きるかのお手本となろうものなのではないか?
話題の映画「国宝」も通底するテーマは同じだ。
オジーさんは、「Back to the Begginings」で大勢のオーディエンスや世界中の視聴者、そしてサバスのメンバーや後輩ミュージシャンに最期の挨拶をして、今、ここでできうる最高のステージを魅せつけて、死んだ。 エンタテイナーとして、最高にかっこいい死に方だと思います。
機械のように完璧な役者は魅力がない、人間臭ければ臭いほど美しい。
完璧な状態が完成とするならば、未完成の状態こそ尊い。 エンターテインメントに限らず、どんな仕事でも、もがいて、もがいて愚直に真剣に仕事をしている人は美しい。
私たちも、今目の前にある課題、これに真剣に向き合い、どうやったら解決できるのか、 お客様との信頼関係を常に良好にし 置かれた場所、置かれた状況で真剣に生き、そしてそれぞれの思うように咲くことが美しいのだと思います。
私も、もがいて、もがいて真剣に愚直に仕事します。
ありがとうオジーさん。
#オジーさんの想い出を語りたいので、オジーさんをよく知る人も全く知らない人も、連絡ください。日本酒片手に勝手にしゃべります。
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